初代 守谷 吾平 社長
二代 守谷 正毅 社長

1894
守谷商会へ入社
1908
本社新社屋竣工

1910
専務取締役から
代表取締役社長へ就任
1923
商号を守谷機械興業へ変更(戦時中、商社への風当たりが強かったため)

1925
守谷商会へ社名復帰

1931
アメリカ シアトル開港
100年祭記念博覧会へ
出展
同年、東京商工会議所貿易部会長として、永く日米の貿易振興に貢献した業績が評価されワシントン州より名誉市民権を授与される


1933
戦後海外店再開
台北以後、ボンベイ、香港、ソウル、シカゴ、アラスカ、高雄、サンパウロ、ニューヨークへ
出店
三代 守谷 一郎 社長
四代 守谷 正平 社長
五代以降
1901
王子製紙を退社し、東京市京橋区三十間堀
(現在の東京都中央区銀座5丁目)に守谷商会を創業した
その背景には、守谷吾平の、国内機械販売への強い思いがあった。当時は輸入機械崇拝の時代であったが、輸入品一辺倒の産業界に危機感を持っていた。「国力増強のためには何としても国産機械産業を発展させねばならない」との固い信念のもと、優良国産機械を販売するため、当社創業に至った。
創業時は、「百の得意先よりも一つの仕入先」のスローガンを掲げ、売上高の伸長よりも、優良仕入先の開拓に注力し、当時成長著しかった鉱山業界を相手に、会社の基盤を固めた。

1969
1969年より国際経済人の養成を掲げて、社外派遣教育制度を創設し、慶應ビジネススクール・貿易研修センター本科コース・貿易実務コースの3ヶ所で研修をスタート。

1999
ISO認証とは?
企業や団体が構築したマネジメントシステムや、提供する製品・サービスの品質や環境配慮が、ISO(International Organization for Standardization:世界172ヵ国のメンバーで構成される国際規格の制定と管理を行う組織)の定めた国際基準をクリアしていることを証明するもの。
ISOについて2006
ツクバ・フローラボを開設
機械計装品単品に留まらず、計装・機械・電気・ソフトウェアの各要素をシステムとして拡販するため、各種検証ができる「ツクバ・フローラボ」を開設した。システム販売に注力することにより、1:N取引やS+H、工事込み取引の拡大へつなげ『小さなエンジニアリング会社』を目指す。
ツクバ・フローラボについて2007
GM INVESTMENTS設立
グループの経営統轄をする持株会社(GM INVESTMENTS)と事業会社である株式会社守谷商会に分離することを決定し、2007年8月6日に設立。グループのガバナンス体制を確立し、更なるグループ経営の透明性・健全性・遵法性を確保するとともに、各事業の選択と集中を図り、収益の増大を実現することによりグループ全体の継続的な成長を目指す。
2014
MSH軽井沢開設
2014年に軽井沢に新たに建設した研修所兼保養所。Moritani Seminar House軽井沢の略称。若手総合職から幹部、事務職まで当社社員の宿泊型研修で使用するとともに、社員・OB/OGとその家族が利用できる保養所として活用。
研修制度について守谷正平時代の変革
1奨学金の拡充
-
1984年(昭和59年)東京都内の大学もしくは研究機関に在籍し自然科学・人文科学および応用科学の分野の研究を行う若手研究者を対象に、研究助成金の給付を開始
-
1993年(平成5年)美術工芸関係等を専攻し東京都内の大学や大学院に在学している学生を対象に、修学や研究発表・卒業制作等の費用を修学奨励金として給付を開始
守谷正平時代の変革
2研修制度の拡充
-
1989年(平成元年)階層別社員教育制度拡充の一環として「幹部研修」を開始
-
1991年(平成3年)若手社員の英語(米国)語学研修制度「Experience Summer School」(ESS)を開始
-
1997年(平成9年)一般社員向けに40時間研修を開始
-
2013年(平成25年)中国語(台湾)短期留学派遣制度開始
OB・OG社員執筆本の紹介
1『商社マン人生』
著者:森永 博
守谷商会 入社
約30年間守谷商会で学び・経験した貴重で豊かな職業人生の記録を、現代の若者・学生へのアドバイスを織り交ぜつつ振り返る内容となっている。

OB・OG社員執筆本の紹介
2『こころのつくり方』
著者:松岡 省泉
守谷商会 入社
東証上場会社 取締役監査等委員 就任
主に学生・若手・中堅社員向けに社会生活、会社生活を過ごす中でこれから重要と思われる「生き方」の基本について言及した内容。

OB・OG社員執筆本の紹介
3『マダガスカル物語』
著者:天内 圓
守谷商会 入社
著者の自選中短編集。第1部のマダガスカル編では著者のマダガスカル駐在を通しての出来事が精彩に描かれている。

三井銀行を経て、守谷商会を創業
- 芝浦製作所にて藤山雷太所長の下で工場事務を担当
- 藤山雷太氏が王子製紙に移り、同氏の抜擢により倉庫課長となる
福沢諭吉直系門下生として教えを受ける
三井銀行へ入行
≪公職≫
東京商工会議所常議員

創業者を継ぎ、守谷商会100年の礎を築く
- 米国ニューヨーク事務所開設を担当、以降当社の海外展開を主導
≪公職≫
東京商工会議所貿易部会長
≪褒章≫
高度成長の波に乗り、「攻め」重視の経営へ
- ガダルカナル島より生還、フィリピンで終戦(終戦時 少佐)を迎えた
- 米国Fisher Controls社他の輸入品取扱いによって、計装ビジネスへ進出
≪公職≫
東京商工会議所常議員
日本貿易会理事
グループ経営への転換-選択と集中
- 自己資本を強化、実質無借金経営を継続できる強固な財務基盤を築いた
- 情報システムの重要性に早くから着目し、現情報ネットワーク部を創設
シンボル(鉄球若芽)について
「種のないところに芽はでない」ということを表しており、困難なことでも粘り強く取り組むことにより打ち勝つことができることを表現。守谷正平社長就任後、常にSOMETHING NEW(新しい何か)を求めて歩み続けるシンボルとして社内に浸透させた。
維持現状即是落伍
台湾有数の企業グループ「新光」を一代で築き上げた起業家:呉火獅 氏の言葉。現状維持は落伍を意味する。常に変化を恐れずにチャレンジしようというメッセージが込められている。当社内には氏の言葉をしたためた直筆の書軸が掲げられている。

戦中・戦後の混乱の時代を経理畑一筋に歩み、当社の発展に多大な貢献
- 物もお金も無い時代に堅実、正確な判断力と勇気を以って社業を推進
同年守谷商会入社
2009-
創業家以外から初めて社長に就任
同年守谷商会入社
守谷商会取締役社長
≪公職≫
2011-
1:N、S+H、工事込み取引を推進し、小さなエンジニアリング会社へ
同年守谷商会入社
守谷商会取締役社長
2023-
同年守谷商会入社
2015-
ドイツ銀行東京支店入行